パシン
「いい匂いがするね」
マデンス
「うん」
パシン
「何か焼いてる匂いかな?」
マデンス
「だね」
パシン
「なんの匂いだろう? 肉か玉ねぎかな?」
マデンス
「さあね?」
パシン
「この時間はもう家の人が家族の帰りを待って夕飯を作ってる頃だもんね。ワタシも作る側になりたくなってきた」
マデンス
「急に涼しくなったから散歩に行こうって言い出したのはパシンの方じゃん」
パシン
「………」
マデンス
「パシン?」
パシン
「歩いてたら焼いてる匂いしなくなっちゃった」
マデンス
「あーらら」
パシン
「また匂いがしてきた。ポテトっぽい」
マデンス
「この匂いでそれ言われたらポテト食べたくなってきた。どこかで食べようよ」
パシン
「お店入って食べてる間に暗くならない? 明るいうちに歩いちゃいたいよ」
マデンス
「じゃあ目的地に着いたらそこで食べよう」
パシン
「わかった」
マデンス
「冷えた麦茶うまい。他のお茶の無料クーポンももらえたし最高。コンビニ寄ってよかった」
パシン
「唐揚げとか買わなくてよかったの?」
マデンス
「今はポテトが食べたい気分なの」
パシン
「ねえ、こっち行ってみようよ」
マデンス
「えっ無理無理暗い怖い。パシンだって暗いのダメじゃん。草多いし虫飛んでるよ」
パシン
「ワタシも一人だったら怖いけど、今日はマデンスがいるからいけると思って」
マデンス
「しょうがないなぁ……うーっわ暗い暗い。街灯がマジで全然ない」
パシン
「あと30分遅かったら何も見えないね。ここ曲がればたぶんこないだの道に出るはず」
マデンス
「ああほんとだ。見て、街灯があそこしかない」
パシン
「ここ夜になったらほんと真っ暗だね」
マデンス
「こないだの昼間は天気も良くてすごく景色が良かったのにね。あの後雨降ったけど」
パシン
「脚かゆい。蚊に刺されたかも」
マデンス
「ほーら見たことか。ちょっと休憩しよう。あそこでソフトクリーム食べたい」
パシン
「わかった」
パシン
「うわ、ちょっと休憩してる間に空まっくらになっちゃった」
マデンス
「陽が落ちるのはあっという間だね。何ヶ所刺されてた?」
パシン
「二箇所だけ」
マデンス
「おお、軽傷でよかったね」
パシン
「マデンスのソフトクリームの写真撮っ……もう食べてる!」
マデンス
「溶けるんだもん」
マデンス
「こっちの方まで来ると街灯も多くて明るいからか、時々走ってる人とすれ違うね」
パシン
「ね。ワタシは……まだこの暑さで走れるほどの体力はないなぁ。夜風はちょっと涼しいけど」
マデンス
「早く秋にならんかね」
パシン
「夏は夏で景色はいいんだけど……」
マデンス
「もう景色ぐらいじゃない? 夏のいいところ」
パシン
「そんなことは……もうちょっと……あるんじゃない? 夏のいいところ」
マデンス
「たとえば?」
パシン
「……暑苦しいなぁ……」
パシン
「赤信号! 車も人も来ていないけど渡らないっ!」
マデンス
「えらいっ!」
パシン
「ホントはさっき通り過ぎた安いスーパーに寄りたかったんだけど、今日は歩き出しあんまり重いものは運べないから諦める」
マデンス
「今日の散歩って買い出しが目的だったの?」
パシン
「そうだよ? 家のお菓子なくなっちゃったし」
マデンス
「それで目的地が駅か」
パシン
「そうそう、帰りは電車で楽しようね」
マデンス
「着いたー、目的地だー!」
パシン
「ほぼ目的地付近の大学だー」
マデンス
「帰りの大学生がいっぱいだー」
パシン
「170センチなくて高卒のワタシには誇れる肩書きがなーい」
マデンス
「なーい」
パシン
「だから生きるための技能を身につけるのだー」
マデンス
「いいぞー」
パシン
「そして自分の身の丈合った場所でつつましく生きるのだー」
マデンス
「生きるのだー」
パシン
「まあ今まで身長も学歴もコンプレックスに感じたことないんだけどね」
マデンス
「優しい世界にいる証だ」
パシン
「人生はそんなの比にならないぐらい暗く深いものなのだ」
マデンス
「そうくるかぁ〜」
パシン
「でも世の中、ワタシのように暗い人生観で、はぐれ者の枠にもなじめない人が他にもいるだろうから、そういう人の……助けにはなれなくとも、救いというか、支えというか……道しるべ的な……そんな生き方が出来たらいいなぁって、思います」
マデンス
「いいねー。少なくとも、ここにひとり、きみにいい影響を受けたやつはいるよ。そんなことよりポテト食べたい」
パシン
「じゃあ早いとこ食べに行こうね」
マデンス
「店が閉まってる」
パシン
「改装中かな? いつまでとかネットに書いてあるかな?」
マデンス
「検索してみる……違う、閉業してる!」
パシン
「うそぉーっ! この古い感じ気に入ってたからまた来たかったのに……!」
マデンス
「古いからだろうなぁー……」
マデンス
「別に駅前のハンバーガー屋でもよかったのに」
パシン
「たまにはいいじゃん? 最近暑くてあんまり外に出られなかったし、急なお出かけに付き合ってくれたお礼だよ。今日はマデンスと一緒に歩けて楽しかった」
マデンス
「そう? ならいいけど。でも駅前の和菓子屋のおばちゃんにたっかいわらび餅を買わされたのはいただけないな」
パシン
「ゴメン……断れなくって……」
マデンス
「断れないから見に行くなって言おうとする前に言っちゃうんだからさぁ」
パシン
「し、しっかり味わって食べようね……」
マデンス
「散歩の趣味はいいけど、あまりお金がかからないようにね」
パシン
「はい」
マデンス
「それはそれとしてデザートにプリン食べたい」
パシン
「はい……」
マデンス
「そこまで落ち込まないでよ、ぼくの少しわけてあげるから……うわ〜わかりやすい表情!」
パシン
「えっ、そんなに笑顔だった?」
マデンス
「一瞬目がキラキラしてた」
パシン
「そんなに……?!」
マデンス
「ま、食べられるほど胃に空きがあればだけどね」
パシン
「今度にくるちゃんも連れて3人でご飯食べに行こうよ。あの子がいっぱい食べてるところ、見てるだけで面白いし」
マデンス
「だね」